過去~現在~未来

毎年6月が来ると いつも思い描くことがあります。

私が初めてモンゴルを訪れたのは 1996年7月でした。1995年(平成7年7月7日)に 現GNC Japanの前身であるKKN(共存への貢献ネットワーク)が様々な職種の若者たちによって設立され、数ヵ月後 ひょんなことから若干異色である主婦の私が仲間入りすることになったのです。どのように活動を充実させていくかをあれこれ模索している頃 モンゴルで大規模な森林・草原火災が発生、急遽 モンゴルを訪問することになったのです。初めての渡モンゴルを前に私は次のように綴っています。

 

「未来の森林に続く道 ~モンゴル初遠征に寄せて 」 (1996年 6月  矢野明子)

多分、皆さんの誰も、思い出と共に浮かぶ木がおありでしょう。今では高層ビル群の立ち並ぶ新宿の近くの町で生まれた私にもとても懐かしく思い出される木が あります。無花果(いちじく)の木です。戦後間もない、悲しいくらいに青い空を背に立つその木は、幼かった私にとって、とても大きな木だった様に思われま す。しかし、実際どのくらいの大きさだったのか今では測ることができません。小学校へ入る前、我が家の建替えと共に庭の一番日当たりの良い場所にあったこ の木は切られてしまったからです。ただ、今でも、くっきりと浮かぶのは、5歳年上の兄がこの木に登って、太陽をいっぱいに浴びて赤紫にふっくらと、甘く熟 した大きな実をもいでくれている姿です。おいしかった!…

いつの頃からか庭に無花果の木のある家をほとんど見かけなくなりました。そして、今では無花果の実も高級フルーツとして、売られています。自然に生えた 木、雨や太陽に助けられ自然になった実、自分の手でもいで食べる子供たち、その実を食べに来る小鳥たち、こんな風景への懐かしさからか、私は実のなる木が 大好きです。歳をとるにつれて、「実のなる木を育ててみたい」こんな想いがどんどん膨らんでいきました。

最近、地球の緑の危機が盛んに叫ばれています。このままいくと今世紀末までに現在残っている森林の50パーセントが消失すると計算されているそうです。こ のまま、森林を破壊し続けるならば、酸素も減少して21世紀には呼吸困難になる可能性も考えられるのです。こんな空しい記事を目にする機会がとても多く なったと思います。

「実のなる木が好き!」 「木を植えたい!」 こんなささやきが私の頭の中で響きは始めました。

「木を植えたい!」 「木を植えましょう!」

魯迅の言葉に

『希望はもともとあるものとも無いものともいえない

地上の道のようなものだ

地上にはもともと道は無い

歩く人が多くなれば、それが希望の道になる』

とあります。

今、私には 『ある道』 が浮かびます。私の思い出の中の無花果の木と、これからGNC緑援隊と共に植え続け、21世紀にはさわやかに風にそよぐであろう未来の木々とを結ぶ道、そして、その『希望の道』を世界中の多くの仲間が一緒に歩いているのです。『共存』の世界を描きながら・・・

 

16年経った今 確かに 国境を越え 同志と呼べるモンゴルの人々に出逢い 共に植え続けたアカマツがモンゴルの北の大地に根付いて、ささやかな森に育ち 爽やかに風にそよいでいます。

ずっと未来のどこかでも きっとまだ見ぬGNCの仲間たちがこの道を歩き続けていることを 今年もまたそっと描いている私です。

 

2012年 6月  事務局 矢野明子