真の幸せな笑顔を描きながら
今日8月15日は日本が敗戦し 焼け野原の中 新たな目標に向かい歩み始めた日です。
67年経った今、世界、そして日本は高度な電子情報網が張りめぐらされたものへと移り変わってきました。まさにロンドンオリンピックの模様をリアルタイムで世界中の人々が共有できるのですからね。
私が物心ついた頃の日本は敗戦直後の新たな国づくりに向かって国民が一丸となって希望に燃えていた 物質的には貧しいけれど精神的にはとてもエネルギッシュな国だったように思います。
テレビ 冷蔵庫 洗濯機 掃除機 ましてやエアコンなどのない 楽しみといえば連続放送劇の流れる 雑音混じりの真空管のラジオに耳をそばだてて 家族そろって聴く事だったように記憶しています。また当時は 電力不足で停電が頻発 蝋燭は必需品でした おそらく これが 一般的な日常生活だったように思います。
私が大学在学の頃になると 大阪万博が象徴するかのように 社会は加速度的にコンピュータ化されていきました。大学卒業後 私はコンピュータインストラクターとして 今思えば嘘のようですが、それまですべて人手で行っていた給与計算や在庫管理などの各企業のコンピュータ化のために当時 企業内に設けられた電算室へ 社内プログラマー養成のために全国各地に派遣されていました。
思えば私の60年あまりの人生を切り取ってみても ラジオだけのごくシンプルな生活から 凄まじい科学の発展による電子情報網の張り巡らされた便利で快適な生活へ また 取巻く環境は東日本大震災で露呈された原発の脅威のような計り知れない破壊的なものの潜むものへと大変化をを遂げてきました。
これから先、私たちは いったいどのような道を辿っていくのでしょう? 想像もできません
ただ ひとつ最終的にはきっと正しい道へ導いてくれるであろうと思えることがあります。それは どんなに周りの環境が変化しようとも変わることなくずっと途切れずに脈々と連なってきた 少しでも多くの人々の真の幸せな笑顔が広がっていってほしいと願い続けるごくありふれた名もない普通の人々の素朴な想いです。
思えば いつの時代も この地球上のほとんどはこのような普通の人々で覆われているのですよね
現代は あまりにも様々なことが複雑に入り組んで先の見えにくい時代です 時々言いようのな無力感、閉塞感に襲われることもあります。でも、とにかくこのような普通の人々の真の幸せな笑顔で溢れる世界を描きながら 同じ想いを抱く一人でも多くの人々と出逢い、共に 今、実現すべきことは何か 真剣に模索し、試行錯誤しながら ほんのわずかでも確実な一歩を進め 未来へ託していけたらと願わずにはいられません。
2012年 8月15日 事務局 矢野明子
4月に蒔いたちっちゃな2粒の種は今 毎日誇らしげに沢山の花を咲かせながら 新たな種を生み出して、未来への夢を託しているようです